22日。アカペラ練習中に恋人から電話。「もしもし?どうしたの?」 「うん…ちょっと…お腹が痛いんよ……」 「(お腹が痛いくらいで電話するかな、普通)……どれくらい?いつから?どこが痛いの?」 「結構。実は朝からずっと痛くて我慢してたんだけど段々ひどくなってきた。臍の右側あたり」 「…押したら痛い?」 「うん」 「盲腸やったことあるっけ?」 「ない」 「昨日今日生もの食べた?下痢は?」 「生ものは食べてない。下痢もしてない」 「熱は?」 「計ってないけどありそう。吐き気もする。どうしたらいいんかな」 ―――――――――― ↓ とりあえず職場の夜間外来に行って貰って抗生剤div+処方。WBC15500 ↓ 連れて帰るも痛みと吐き気と発熱が治まらない ↓ 翌朝改めて職場の外来を受診して採血+CT ↓ WBC17000と上昇+CTで糞石を伴う虫垂腫大 ↓ 手術適応のappe確定 ↓ 当日県病院に転院して緊急オペ決定 ↓ クリスマス中止のお知らせ\(^o^)/
医療者のくせに、たかがappeくらいで、と思うけど、普段のほーんとしている恋人が高熱にがたがたと震えていたり、酸素マスクやらモニターやら硬膜外麻酔を付けた状態でオペ室から出て来たときにはなんとも言えない気持ちになった。執刀医に切除した虫垂を見せて貰ったけど、大きな糞石がごろっと詰まっていて、10cmほどに腫大した虫垂を切り開いた中は真っ黒で既に壊死していた。まさに破裂寸前だったらしい。大事に至らなくて良かった。身内になると医療者もただの人だなあと思った。無力。 しかし。24日は付き合って初めてのクリスマスということもあって、「予定を空けておいて」と言われたので職場に休み希望を出し、福岡で食事して泊まってゆっくり遊ぼう、ということにしていたんだけど、全部キャンセルの電話を入れて完全OFFに。そんな24日=オペ翌日「何か持ってきて欲しいものはある?」とのメールに「PSP持ってきて(モンハン3rd買ったばかり)」と返してきた(実は前日持って行った荷物の底に既に入れておいてたんだけど。気付いてなかったらしい)ときには緊張の糸が切れてかちーん。こっちはクリスマス中止になったっていうのに(…べ、別に楽しみになんかしてなかったんだから!)。しかもこっちは1週間以上も前からわざわざ取り寄せまでしてプレゼント(TKの革ジャケット)を用意してたというのに、恋人はノープランだったらしい。別に見返りを期待してそういうことをしたわけじゃないけど、なんか25にもなってクリスマスくらいで一喜一憂するオトメみたいな自分が馬鹿らしい。 まあでもそういうところも恋人らしいと言うか。退院すれば笑い話になるんだろうし、しばらくは私に頭が上がらないはずなので良しとします。 ―――――――――― 後記: 退院後恋人からおずおずとプレゼントを手渡された。開けてみるとPSPと………モンハン3rd。 ![]() # by jq6h2a | 2010-12-26 02:02
「うちの奥さんがね、じーんちゃんをくれるって言うの」
「じーんちゃん?」 「そう。(脇腹をぽんぽんと叩いて)腎ちゃん」 「あ…そうなんですね。それで、検査はもうされたんですか?」 「うんにゃ、まだ。なんか、もしダメだったら、って考えるとね」 「ああ…合わなかったときがショックですよね。それに、血縁じゃなくて奥様ですしね」 「そうそう」 「ドナー登録はされてるんですか?」 「いや、10年前にはしてたんだけどやめたよ」 「そっか…」 ―――――――――― 腎移植の適応は 1) 受腎者から見て6親等以内の血族か3親等以内の姻族 2) 腎機能が正常であること(一側腎摘出後も十分な腎機能が残ると判断されるもの) 3) 活動性の感染症や脳腫瘍以外の未根治の癌に罹患していないこと 4) 術前検査にて移植に問題なしと判断されること このうち上の会話で患者さんが憂慮していたのは 4) の話。 術前検査は主に①ABO血液型②HLA適合試験③リンパ球クロスマッチ試験。献腎移植ではABO血液型の一致とリンパ球クロスマッチ試験陰性を前提条件に、搬送時間(阻血時間)、HLA型適合度、待機日数、小児か成人か、等を考慮して優先順位が付けられるが、生体腎移植の場合、術前に様々な準備処置が出来ることに加えて技術が進歩したことにより、これらの検査は適合条件としての意義が薄れてきている。 ①ABO血液型 A抗原とB抗原は、持っていないとそれに対する自然抗体が形成されるため、血管内溶血が起こり、急性尿細管壊死による急性腎不全やDICを引き起こす。だから輸血と同様臓器移植についてもABO適合性を考慮する必要があるが、近年ではこれらの抗原を除去する事が出来るようになったために事前処置の可能な生体腎移植においてはあまり問題とされなくなっている。ちなみにRh型は免疫反応への関与が少ないため一致させる必要はないとのこと。 ![]() ABO不適合腎移植を行うためには、移植後の超急性拒絶反応を抑えるため、術前に抗Aまたは抗B抗体を二重膜濾過法、血漿交換によって除去し抗体値を下げ、さらに免疫抑制剤の投与、場合によっては脾臓摘出を行う。移植腎の生着率はABO一致例に比べ低いが最近の免疫抑制剤の進歩によりその成績は向上しつつある。現在生体腎移植においてABO血液型の不適合は腎移植の禁忌ではない。 ![]() 【用語説明】Splenectomy:脾臓摘出術、DFPP:二重濾過血漿分離交換、RTx:腎移植、CMV hyperimmune globulin: サイトメガロウイルス高力価グロブリン、predonisolone:プレドニゾロン(ステロイドホルモン)、cyclophosphamide:サイクロフォスファミド(エンドキサン)、Basiliximab:シムレクト、TDM:治療薬剤モニタリング、Ciclosporin:シクロスポリン(ネオーラル)、Tacrolims:タクロリムス(プログラフ) (名古屋第二赤十字病院腎臓病総合医療センター:ABO不適合腎移植の免疫抑制剤プロトコールより) ②HLA適合試験 HLA抗原(組織適合抗原)は腎移植においてはHLA-A、HLA-B、HLA-DRの3つ(1つにつき2対存在するので計6抗原)が重要である。 ![]() これが一致しない場合、かつてはABO不適合腎移植同様術後の超急性拒絶反応が出現していたが、現在では免疫抑制剤の発達のためにあまり問題とされなくなっている。HLA抗原は一致数が多いほど移植腎の生着率は高いがその差は今や大きなものではない。献腎移植では数少ない献腎を最も有効な形で提供するために抗原の一致数が高い患者が優先的に移植を受けられるシステムを採っているが、HLAの6抗原が全く一致していなくても移植は可能である。実際、HLAの6抗原すべてマッチした献腎移植より、6抗原すべてが合わない夫婦間移植の成績の方が良いことが知られている。よって生体腎移植においてはHLA抗原の適合は望ましいが必須ではない。 ③リンパ球クロスマッチ試験 血液型やHLA抗原が不一致でも移植は可能であるがレシピエント血清とドナーリンパ球を反応させリンパ球融解が起こらないかを見るクロスマッチテストは陰性であることが絶対条件である。クロスマッチの陽性化はたとえ血液型やHLA抗原が一致していても起こりうる。特に以前に臓器移植を受けていたり妊娠や多量の輸血を受けた病歴を持つ患者ではクロスマッチ陽性率が高くなる。またクロスマッチテストが以前陰性であっても陽転化することもあるため注意が必要である。最近一部の施設(東京女子医科大学など)では移植手術前に血漿交換や免疫抑制剤治療(抗CD20抗体などを含む)を組み合わせて抗ドナー抗体の陰性化を図ってから移植を施行し良好な結果を得ている。よって抗ドナー抗体が陽性であっても移植できる可能性は残っている。 参照:東京女子医科大学腎臓病総合医療センター:Q&A「私も腎移植を受けられますか?」 腎移植が成功しうまく生着すれば、週3回4~5時間の透析から離脱し、時間の拘束や穿刺の痛み、腎不全及び透析に伴う諸症状から解放される、透析施設の確保に追われることなくどこにでも旅行に行ける、食事・水分制限から解放され、若い女性なら妊娠も可能になる。医療費の観点からしても透析に掛かる多額の医療費の削減に寄与することが出来る。でももちろん①②③全てが合わなかったとしても解決できるのであれば移植をするのか、と言われれば、抗体除去等の事前処置が負担になってくるし、免疫抑制剤を一生飲み続けなくてはならなくなる/副作用の出現、手術による大きな侵襲、また移植をしても生着率は100%ではなく透析再導入となる可能性もあるし、DMなんかがあればde novo nephritis(固有腎機能を廃絶させた原疾患の移植腎への再発)も問題となってくる。さらには生体腎移植では、自分のために健康な家族がメスを入れられる、場合によっては後々何らかの問題が起こるかもしれない、という大切な人に臓器を提供してもらう事への後ろめたさ等、透析を離脱して腎移植に踏み切るためにはメリットだけではなくデメリットも考慮しておかなくてはならないし、物理的な問題の他に本人や家族の移植に対する気持ちを汲む必要がある。私が透析患者だったらどうするか。クロスマッチ陽性でも東京女子医科まで出向いて家族や未来の配偶者に腎臓を貰うのか。だけどそこで悩むにしても、信頼性のあるupdateな情報を持って様々な選択肢があることを知った上で判断して貰うべきだと思うし、そうあって欲しいと思う。 上で話した患者さんがどれくらい移植に対して前向きで、どれくらいの知識を持ってるのか、あまり深くは聞いてないんだけど、またそういう話になれば言ってみようかなー。私みたいなエセ看護師がそんな図々しいこと言っていいものか。まして個人経営の透析施設の職員としておおっぴらに腎移植を勧めるようなことを言っていいものか(これは患者さんのためにならない事情だけど)。 私みたいなぺーぺーにも親切にしてくれるし、良い患者さんなんですよね。どの選択肢を取るにしても、幸せになって欲しい。
次のような銀行があると、考えてみましょう。
その銀行は、 毎朝あなたの口座へ86,400ドルを振り込んでくれます。 同時に、その口座の残高は毎日ゼロになります。 つまり、 86,400ドルの中で、あなたがその日に使い切らなかった金額は、 すべて消されてしまいます。 あなただったらどうしますか。 もちろん、毎日86,400ドル全額を引き出しますよね。 僕たちは一人一人が同じような銀行を持っています。 それは時間です。 毎朝、あなたに86,400秒が与えられます。 毎晩、あなたが上手く使い切らなかった時間は消されてしまいます。 それは、翌日に繰り越されません。 それは貸し越しできません。 毎日、あなたの為に新しい口座が開かれます。 そして、毎晩、その日の残りは燃やされてしまいます。 もし、あなたがその日の預金を全て使い切らなければ、 あなたはそれを失ったことになります。 過去にさかのぼることはできません。 あなたは今日与えられた預金のなかから今を生きないといけません。 だから、与えられた時間に最大限の投資をしましょう。 そして、そこから健康、幸せ、成功のために最大の物を引き出しましょう。 時計の針は走り続けてます。今日という日に最大限の物を作り出しましょう。 1年の価値を理解するには、落第した学生に聞いてみるといいでしょう。 1ヶ月の価値を理解するには、未熟児を産んだ母親に聞いてみると いいでしょう。 1週間の価値を理解するには、週刊誌の編集者に聞いてみるといいでしょう。 1時間の価値を理解するには、待ち合わせをしている恋人たちに聞いてみるといいでしょう。 1分の価値を理解するには、電車をちょうど乗り過ごした人に聞いてみるといいでしょう。 1秒の価値を理解するには、たった今、事故を避けることができた人に聞いてみるといいでしょう。 10分の1の価値を理解するためには、オリンピックで銀メダルに終わってしまった人に聞いてみるといいでしょう。 だから、あなたの持っている一瞬一瞬を大切にしましょう。 そして、あなたはその時を誰か特別な人と過ごしているのだから、十分に大切にしましょう。 その人は、あなたの時間を使うのに十分ふさわしい人でしょうから。 そして、時は誰も待ってくれないことを覚えましょう。 昨日は、もう過ぎ去ってしまいました。 明日は、まだわからないのです。 今日は与えられるものです。 だから、英語では今をプレゼント(=present)と言います。 (著者不明) # by jq6h2a | 2010-11-26 23:36
昨日ファイナンシャルプランナー3級の受験申し込みをしました。来年1月の試験に向けて目下受験勉強中。
ファイナンシャル・プランナーは、顧客である個人から、収支・負債・家族構成・資産状況などのソース提供を受け、それを基に住居・教育・老後など将来のライフプランニングに即した資金計画やアドバイスを行う職業・職種、およびその職に就く者。略してFP(エフピー)とも呼ばれる。(Wikipediaより) きっかけは資格マニアであるところの私が最近なんにも資格取ってないなあ、と思い始めたところに偶々送られてきた日経のメールマガジンの「ファイナンシャルプランナー取得講座申込受付中!」の見出しを見てから。お金に関する知識に乏しいという自覚は以前からあったし、これからは自分のお金は自分で守る時代だと感じていたから、常々勉強したいとは思っていたんだけど、どうせ勉強するなら資格取得という達成目標があった方がモチベーションも上がる+資格マニアきゅぴーん、という訳で早速テキストと問題集を買ってきてちまちまと時間を見つけて勉強しているところ。なんだかんだ忙しくてあまりテンポ良くは進んでいないんだけど、2ヶ月で仕上げて一発合格したいなーと思ってます。 ファイナンシャルプランナーの資格を取ろうと思ってる、とクラスの子に話すと「何になりたいの?」と笑われた。そんな反応もう慣れっこ!むしろ大好物! # by jq6h2a | 2010-11-18 21:51
久しぶりに胸が熱くなった言葉。
―――――――――― 「学び」というのは自分には理解できない「高み」にいる人に呼び寄せられて、その人がしている「ゲーム」に巻き込まれるというかたちで進行します。この「巻き込まれ」(involvement)が成就するためには、自分の手持ちの価値判断の「ものさし」ではその価値を考量できないものがあることを認めなければいけません。 自分の「ものさし」を後生大事に抱え込んでいる限り、自分の限界を超えることはできない。知識は増えるかもしれないし、技術も身につくかもしれない、資格も取れるかもしれない。けれども、自分のいじましい「枠組み」の中にそういうものをいくら詰め込んでも、鳥瞰的視座に「テイクオフ」することはできません。 「学び」とは「離陸すること」です。 それまで自分を「私はこんな人間だ。こんなことができて、こんなことができない」というふうに想定していた「決めつけ」の枠組みを上方に離脱することです。自分を超えた視座から自分を見下ろし、自分について語ることです。 # by jq6h2a | 2010-11-12 11:21
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